21のマジック



ジャックと言えば、ブラックジャックってのが私は連想されるんですが、事件についてもう一つ、あることに気が付きました。


日本テレビ『3時のあなた』かな? 1986/4/8

森光子「たいへん衝撃は大きいと思うんですけど、つい先日、3月の・・30日でございますか。遠藤康子ちゃんという、あの、これまた17歳の、う、まっ、この方は、どちらかと言うとドラマの方によく出ていた方で」
アナ?「そうですね。これから、まあ、アイドルとして売り出そうという方でして」
森「ちょうど、もう、レコードのあれも、レコーディングの話もまとまりまして。これからデビューをするという直前に。やはり、あのう、江東区にございます。あ、台東区にございますビルの(息を吸う)、7階の屋上から、やはり自殺を遂げております」
アナ?「まあ、同じ年代のね、同じような環境の若いお嬢さんが、相次いで自殺をしたということ。関係者にとっては、かなり大きなショックだと思いますね」
森「思いますね。聞くところによりますと、岡田有紀子ちゃんは、高校野球がとても好きだと・・・」


岡田有希子関連の記事とかテレビを見ていると、何気なく引き合いに出されているのが、その遠藤康子。 そのVTRを見て、もしや、と思って調べてみるとドンピシャリ! 彼女は21日生まれだった。

 遠藤康子 1968年10月21日生まれ 東京出身 享年17歳

それで3月30日でしたっけ。資料では3月29日と書いてあるんですけど、台東区のビルの7階から飛び降りた、と。 芸能界に入る前から付き合ってた彼と別れるように事務所(それもサンミュージックらしいね)から言われて自殺した、と。

うーん。21日生まれってのもそうだけど、何気なくいわれている会話の中で注意を引いたのは、森光子が言っていた「こちらは、どちらかっていうとドラマの方によく出ていた」というところ。
そこで、私がピンとくるのは、『ポニーテールはふり向かない』というドラマ。

『ポニーテールはふり向かない』(詳しくはhttp://www.boochanweb.com/ponytail/を参照してください)
放送期間は1985年10月12日〜1986年3月29日で毎週土曜日21:00〜21:54から放送されていて私も子供のころ毎週見てた記憶がありますが、そこで注目して欲しいのは、2点・・ぐらい。

「1986年3月29日放送終了」と「伊藤かずえ」、そして、ドラマー。

3月29日で放送終了、そして21日生まれの安藤康子の直後の死。

そして、晩年の岡田有希子を見ていると、伊藤かずえにそっくりなのだ。

 

彼女は最後の方になると、すごく化粧が濃くなっていくんだけど、メイクをいろんな人に似せてしてたと思うけど、伊藤かずえも意識していたと思う。しかも声まで似せてきていると思う。

ふたたび、このVTRを見て欲しい。何かに気付かないかな。

岡田有希子「旅行に行きたいです」
黒柳徹子「どこどこどこ」

伊藤かずえに感じが似てて、ドコドコドコ・・・『ポニーテールはふり向かない』を連想させたがってるね。 しかも、森光子も意味ありげに何気なく「ドラマの方で」と言っている。

伊藤かずえには「かず」という私と共通の名前が入っているし、彼女(岡田)は伊藤かずえに顔を似せている。そして、ドラマの終了と重なるように私と同じ21日生まれの17歳・遠藤康子が岡田有希子と同じ死に方をしている。

『スーパーJOCKEY』のあの会話、ガナルカナルタカの「太鼓の音、聞こえたら危ないですね」にも、共通するんじゃないかなぁ。参照

これって、すごい偶然だな、と思いますよ。さらに言おうか。



 

 


左上から、神田正輝、峰岸徹。左下、萩原光、舘ひろし。

彼らは岡田有希子の死後、噂になった人たちであるが、神田正輝の生年月日は1950年12月21日
萩原光(あきら)も、なんと。1956年7月21日。こちらは、岡田有希子が死ぬ前日(7日)、ベンツ190E2.3-16のテスト走行中、スポーツランドSUGOの2コーナーでクラッシュして死亡。

ね、岡田有希子の死の何日か前に私と同じ21日生まれの人が2人も死んでいるんですよ。

それで、峰岸徹なんだけどね、先の萩原光のことを知って、すぐに思い浮かんだのは、赤木圭一郎という人。石原裕次郎、小林旭、和田浩二と並んで“日活のダイヤモンドライン”と呼ばれてた人で、1959年『清水の暴れん坊』(清水は私の住んでいるところと同じ名前)などの映画に出て、なんか、日活撮影所でゴーカートに試乗中、鉄扉に激突、一週間後に死亡。
それが、1961年2月21日。それだけじゃあ、峰岸徹と関係ないじゃんとおもうけど、ところがどっこい。峰岸徹。彼はデビュー当時、赤木圭一郎のそっくりさんとして売り出していたらしい。 それは、私は峰岸徹が「アニキ」だと言ったんで、赤木圭一郎と絡んでいる映画なんかないかなと調べていたところ、このサイト(http://www.ne.jp/asahi/gensou/kan/eigahyou30/nipponmusekininjidai.html)に行き当たってわけよ。

実際にはからみは無いようなんですけど、たしかに言われてみれば2人は似ていると思う。

 

ね、これでなんか繋がったような感じがした。彼はダミーだと言われているよね。ダミーだとするならば、私のダミーなんじゃないかな、と。

私が生まれた日・2月21日に、萩原光(1956年7月21日)のような死に方をした赤木圭一郎の死んだ。2月21日。その人にそっくりだと言われていたのが峰岸徹。

なんか繋がってこない? 舘ひろし以外は21日というキーワードで繋がる。

そうするとだな。遠藤康子の恋愛で会社からダメだと言われたので自殺したってのは、ある意味、考えられないと思わない?  交際を止められたからと言って自殺するほどのことじゃないと思わない。そんなに嫌なら男と駆け落ちでも何でもすればいいのだから。卒業みたいにね。
会社を辞めれば済むことなんだから。いろんなこともあると思うけど、死ぬほどのことじゃないでショ。
・・っと考えるとね、遠藤康子と萩原光は・・殺されたんじゃないかな、と。ある意味ね、そう思うんだけど。岡田有希子と一緒にね。

本当は2月21日生まれの坊やと死なしたかったと思うんだけど。かず(え)は有希子に振り向かなかったので(一応、ドラマでは伊藤かずえふんする未記の妹が由起子っていうらしい)、失恋自殺さそう、と。 テレビが計画をうったんじゃないか、と。


『ポニーテールはふり向かない』最終回ラストシーン。1986/3/29

未記たちを乗せた、ジェットは、沖縄へと離陸した。
「あっ、富士山だよ」と、晃が言った。
みんな、その美しさに感動した。
「こういう時は、ちょっと残念ね」と、未記は、ポツリと言った。
「俺があんたの目になるよ。一生」と、晃は、プロポーズした。
そして、スティックを握りしめていた、未記の手を握った。
「俺たちはいつも一緒だ。この二本のスティックのように」
「晃、ありがとう」
未記は、スティックを握りしめ、涙を流した。
それを見ていた邦男は、ひと安心したのだった。
私たちはいま、未記たちと別れを告げる。彼らが創り出す音楽は、やがて人々の胸に、暁の鐘の如く、鳴り響くであろう。
行け!若者よ。君が輝ける、旅路の果てまで…


そして、輝ける萩原光(アキラ)と岡田有希子は旅路の果てについた、と。

そういう感じで、私の代わりにドラマチックに消したかったんじゃないの?

なんで、岡田有希子を消すのかというと、彼女が言えない秘密を吐こうとしたのかもしれないし、私を“人の子”だと思っていたからじゃないかなぁ。

人の子・・Son of Man・・人間・・人間の証明。

テレビは私にもしきりに自殺願望を夢に見せてくるけど、私も消したいと思ってるはず。自殺でね。





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