もう一つの人格




彼女の中にもう一人の人格が存在していた。その事実を証明するような出来事が1985年末にあった。

 ←彼女が何かを感じ取っている時の瞬間。
スーパージョッキー(たぶん1985年12月22日(日)放送)
つづきスーパージョッキー(たぶん1985年12月22日(日)放送)

ビートたけし「さっき笑ってましたけど、あれ、どうしたんですか?」
岡田有希子「すいませーん」(顔を何かせついてる)
たけし「なんか間違えたの?」
岡田「いえ」
たけし「前におもしろい顔の人がいたの?」

(笑顔で首を横にふり、息をおもいっきり吸ったような感じで)

岡田「なんか声が聞こえたんです」(耳の辺りに人差し指を示すような感じで当てている)
たけし「なんか声が聞こえた?」
岡田「はい」
ガナルカナルタカ(?)「危ないですね」
たけし「・・・だあ」(?)

(岡田有希子に指差しながら)
たけし「なんか声が聞こえた。“オマエは神だ”かなんか聞こえたんですか?」

(有希子は顔を両手で覆い隠している)

たけし「もう」
ガナルカナルタカ「太鼓の音、聞こえたら危ないですね」
たけし「うん。声が聞こえて、太鼓の音がきたら、包丁もって踊っちゃいますからね、こうやって」(手で振るようなアクションをする)
たけし「カァカァのおんな(?)、気をつけて」




ビートたけしの番組『スーパージョッキー』で、“LOVE FAIR”を歌っている時に、いきなり笑い出したのだっ。私の目から見れば笑うと言うよりいきなりズキンと頭に何かが入ってきたような印象に見えるが、あとでビートたけしが「どうしたんだ」と聞いたとき、彼女は最初何か言うことを拒むような感じで考えたあげく、「何かが聞こえてきた」と言った。
普通ならね、たとえそうだったとしても、思い出し笑いしてしまったとか言ってとり作ると思うんだけど、あえて自分は頭がおかしいかのような言い方をしないと思うんだけど、それを言ったってことは何かが歌っている最中に聞こえてきたと思ってもいいのではないか。

何かが見えたんですよ。パッと。その声を彼女が何だと思ったのだろう。それがこのページの要点であるが、彼女はたぶんね、ビートたけしが言ってるように“人の子”のようなものが見えてたんじゃないか。 それをテレビがもうすでに把握していて教えてくれている。



←水色の服を着てるのが岡田有希子。
ザ・ベストテン 1986年3月6日(木)放送

小西博之「さて、“8年間感謝電リク祭り”のおしらせっ!」
小西「はい、4月3日のザ・ベストテンはですね、"8年間感謝電リク祭り"と題しまして、いつもより放送時間を30分延長いたしまして、9:00〜10:30までの一時間半に渡りまして、皆様からの電話リクエストによる、スペシャル・ベストテンを。お送りしようと思いますっ」
黒柳徹子「も、何でもいいんです。ま、たとえば、“キリストが出た、あの最初の日のが見たかった”、または、“ピンクレディーって、どういうのかは知らないんで見せて欲しい”、“百恵ちゃんなら何でもいいわ”、それとも“聖子さんと田原さんのテニスコートの場面がいい・・”」



「この8年間、キリストが出た、あの最初の日のが見たかった…」

黒柳徹子が言ってたよね。“クリスト”とも聞こえるけど“ツイスト”とは言ってないよね。何度も聞いてください。“キリスト”もしくは“クリスト”と言っていたよね。そんなバンドはない。

彼女って言うのは、現代の私のように『かじゅちゃんCH』を見れば分かるけど、考えてることなんかをテレビにネタにされてたんじゃないかな。

テレビが彼女の感情をネタにしてる。すなわちそれは私の人生をネタにしているということになるのだが、岡田有希子が出演しているビデオをいろいろ見るとそれが随所に見られる。



その前に私の人生も語らないと立証できないわな。

私は名を中岡一久といって、昭和50年2月21日生まれ。ヨーロー(養老)出身。小学校時代は かあ君 と呼ばれる。
保育園時代に交通事故にあい、九死に一生を得る。
小学校の時、男一人、女三人で上級生を過ごす。

ま、とりあえずこんなところかな。後は追々ということで。


スーパージョッキー(たぶん1985年12月22日(日)放送)より

「男性三組に女性、有希子ちゃん一人」



 
↑一応、卒業生が4人ということ。
 
↑別バージョン。撮られた日と学校名が見える。

ボカしたくはなかったんだけど・・・。4人組でそのうち私が男一人だったということ。あ、一応言っておきますが、卒業生は前列のいかにも若い4人がそうです。

それだけじゃないよ。ビデオ見ているとあることを思い出した。当時、86年の冬に私は大怪我をしたのだ!




「カックラキン大放送」たぶん1986年2月14日(金)放送



<--ダウンタウン松本か?
ヤンヤン歌うスタジオ 1986年3月2日(日)放送より




ザ・ベストテン 1986年3月6日放送より



↑それら見たら何となく皆さんに分かると思うけど、そういえば、いつかは忘れたけど絶対寒い時だったんだ。朝、学校に行って上履きを履いて、当時一つ上の六年生の重ちゃんと話しながら2階の教室まで行ってたんだけど、ちょうど2階に着くころに転んだんですよ。寒いからポケットに手を突っ込んだままね。 そしたら、何かの拍子ですっころんで、ちょうど階段の角のところに顔面直撃! 
起き上がったら、右の目の上が熱いんですよ。あんまり痛くなかったけど。そしたら、見る見る血が溢れ出てて、重ちゃんが「もう、これ縫わなきゃいかん」とか言われて、私はたいしたこないなとは思ったけど、医務院の先生に見せたら病院に連れて行かれて、5,6針縫ったかな。そういうことがあったよ。
これちょっと見難いけど↓

わずかに眉の下に見えるかも。今でも直接見ればわかるよ。消えかけてるけどね(笑)。
私は五年生のころで寒い時だったということだけは覚えてたんだけど、12月かもしれんとかね。そう思ってたんだけど、当時の岡田有希子のビデオを見ると、やたら右目の上を意識させる映像が目立つので86年の2月あたりだと思う。たぶん下のビデオが当時の私の状況を語ってくれてると思う。


ザ・ベストテン 1986年2月13日放送より

黒柳徹子「先週、雨の中のセットで洋子ちゃんは転んでしまいましたね。あれは、僕たち洋子ちゃんファンの受験生のために、身代わりとなって滑ってくれたのだと思います! 洋子ちゃん。ありがとう! 山口県下関市 大村かずお(あつお?)さんです」


「先週転んだ」と言ったでしょ。「かずお」って言ってたよね。だからたぶん私が転んで血を流したのは86年の2月6日ごろだろう。

関係ないけど、ファンがですね、大好きな洋子ちゃんに転んで、「ありがとう」というのも・・なんか不幸を喜んでいるファンというのも・・ちょっと、おもしろいよね。
冷たいよね。それじゃあ、まるで、ニュアンス的には「岡田有紀子さんが僕たちファンのために、身代わりとなって、死んでくれたんだぁ」と。だから「あろがとう!」と。言ってるようなものだと思うから、ファンがそんなこと言うかなぁ。テレビが作ってそうに見えなくもないよね。

それから、ついでだけど、当時、荻野目洋子に興味を持ってたかどうかは忘れちゃったんだけど、“ダンシング・ヒーロー”はよく知ってる。小泉今日子の“なんてたってアイドル”はよく聞いてたかなあ。中山美穂の“色ホワイトブレンド”っていうのは当時テープにラジオかなんかでとってたということは、物が残ってます。小泉今日子も。でも、“ダンシング・ヒーロー”はとってたテープがいまだ見つかりません。
私が聞きたいんだけど、テレビに。その当時、興味持ってたかなって。もうちょっと後の曲ならテープで見つかってるけど。

それで決定的に「おまえら見てる(た)だろう!」的なフィルムがあった。




レッツGO!アイドル 86年2月15日放送

---おじいちゃんの、結婚相手って、この娘さん?
おじいちゃん「おお、あんの、紹介しよう。岡田有紀子先生だ。養老学校の看護婦さん」
岡田有希子「はじめまして」
---あら、ちょっとぉ。みっともないじゃなわよ! 年はなれ過ぎちゃってー。
---そうだよー。




「養老学校の看護婦さん」って言ってたよね。生徒じゃなくってね(笑)。まあ、野村義男が峰岸徹にも見えなくもないが、これらを表現したかったんじゃないの?

織田裕二きどり。藪でも通用するかな。

↑この黒いベレー帽のオヤジをイメージしたんじゃないの?
哲郎先生ごめんなさい。立証のために顔出しちゃいました(笑)。峰岸は当時白髪じゃないもんね。
布川は西武の帽子かぶってるじゃん。鼻たらして。僕の隣に映ってる娘が美稲子なんだけど、美稲子は昔は鼻をたらしてて、いたんですよ。私はそれがそれが普通だと思ってたけど。今はもちろん鼻たらしてないよ。その美稲子ってのが『かじゅちゃん日記』でよく出てきてた美稲子(みなこ)なんですヨ。人妻の子持ちの、ね。
私の隣の西武の子は哲といって、当時よくつるんで遊んでた一つ下の子なんだけど。「養老学校」って言ってたよね。
薬丸は目の上を負傷して怪我をしてるしさ(笑)。なんかとことんネタにされてるって感じ。

それで、期待の’86年の2月21日は確か金曜日で、なんかの番組に出てたというのは分からないのだが、その前日ですか、2月20日がベストテンがあったんですよ。彼女が出たとき、どんなことをやってたかというと・・



 ←女三人、男一人。
ザ・ベストテン 1986/2/20 放送より

黒柳徹子「仲(?)のいい者同士がおならびでー。ほんとにピンクで、まぁ、お可愛らしい。3人並んで“ピンク娘”なんて、あたしも自分で入れちゃうところがスゴいでしょ」
小西博之「僕も入ってますけどね」(腹を見せる)
黒柳「あ、4人・・」
小西「はい、じゃ、早速ですが、それでは岡田さんにこの写真を見ていただきまして」

(写真を渡す)

小西「この、向かって右側の方は誰でしょう?」
岡田「ああー! えー! 荻野目ちゃん・・」


下の写真も参照して欲しいですが、花束を持っている、という点。それを顔に血のついたようなマネキンの紳士にあげるという設定ですが、マネキンの“顔にキズとか血がついている”ということも不思議だし不気味、花をやっているというのも何か意味があるよね。背が高いしね。そして、彼女は“人差し指”か何かを立てているという点も注目である。いつもそうかもしれないけど。
ちなみに、表情はいたって明るいのだが歌の最後の方、何か異変が起きている。前述の「スーバー・ジョッキー」で見せたような、感極まったような、泣きそうな表情すら見えるようだ。


おかしいじゃん、どう考えても。岡田有希子のときは顔のキズばっか見せるのは。


それで、岡田有希子はヨーロー・・とかいうのになんか行きたがってそうだよね。


(1983か84年)
11/8 映画の話は中止になった
あ〜あ 残念!!
せっかく ヨロン島に行けると
思ったのに・・・
まて 変なイメージがついちゃう
よりはマシか
But “何かいいことないか仔猫ちゃん”
本と こんな気分だナ

やっぱ 来年 同じ時期に
デビューする子がそろそろ忙しそうに
なっていくのを見てるのはヤダな
本トに、大丈夫かナ

But 今日は奈保子さんのサインが
 もらえてHappyだった



butの部分が前の文と比べて不自然かと思えるので、調べて見らたら・・・
・・・1970年11月8日  平松 あゆみ (ひらまつ・あゆみ) 【アナウンサー/フジテレビ→フリー】
あと、後でも語るがこの「あゆみ」っていうのも関係してくる。

念願のヨーロッパですよ。スイスではおいしい空気を吸って、時計をドッサリ買っちゃうんだ。DUNK’85年7月号より


オールスター初夢競べ大合戦 86年1月2日

スイスなんだけど「ヨーロ」がどうのと言ってない?



次のページは、私を意味するようなことを言っているというやつ。



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