峰岸徹の記者会見から
さて、峰岸徹である。彼は当初、遺書に書かれていたとされる人物で、4月8日に記者会見も行っている。
そこで、ここでは峰岸徹のインタビューで彼が何を言っていたか、何を言わんとしていたのかを検証しましょう。
峰岸徹のインタビュー
(たぶん『3時のあなた』4/9より)
---どこで(自殺を)知りましたか?
事務所から聞きました。---一番最初にですね、彼女の自殺を聞いた時っていいますかね、正直申し訳ないけど、どんなお気持ちでしたか?
正直・・・・・・・ものすごいショックでした。---なんか、遺書にですね、峰岸さんの名前が書かれていると。いうことなんですけどこの辺お聞きになって?
・・・えぇ・・・・・・まぁ、なんていうか・・・・・・まぁ、あのぉ、非常に・・まぁ、仕事をやっている時に・・なんていうんですかね、可愛がって、ったと言っちゃ語弊があるかもしんないですけど、まぁ、あのぉ、わりと・・この間“マリコ”をやってた時に、まぁ、みんなグループで仲良かったんですけどね。だけど、僕も彼女のことを「可愛がってた」と言っちゃ語弊がありますけど、仲良かったもので。---実際にはどんな付き合いだったんですか?
えぇ、まぁ、あのぉ、だから、まぁ、言ってみりゃ、「アニキ」というか・・---ただね、あの、「峰岸さんにふられました」と。「峰岸さんとの愛の生活に疲れました」というようなことを面々と書かれている、と。筆名(?)入りでですね。
えっ(笑う)---どういうような交際で、どのような仲でいたかということを・・教えて欲しいなと思うんですけど。
(よわったな、困ったなという表情で笑いながら)えっ、どのような仲って言われても困るんですけど。---共演したのがキッカケって言うことですよね?
もちろん。共演して、あのぉ、ま、仕事一緒にしまして。ほんで、まぁ、お昼一緒にご飯食べたり、それから、まぁ、帰りが成城なもんで・・---おんなじ方でしたよね。
えぇ、はい、送って行ったり。っというような感じでした。---たとえばですね、岡田さんに対して恋愛感情を持っていたっていうことはないですか?
あの、非常に“かわいい”とは思いました。---可愛い。
えぇ、まぁ、あのぉ、かわいい娘でしたね。---男としてもやはり分かるんじゃないんですか? 岡田さんがたとえば「恋愛感情抱いてたな」というのは。そういったことは感じませんでしたか?
ただ、それを僕の口から今、あれするのは、とても、有希子ちゃんに・・という感じがします。
それで、岡田有希子の“恋 はじめまして”のビデオクリップのようなものをながす。
♪真夜中のテレフォンも 許してくれない
いつになったら 自由に会えるのかな・・♪
---彼女から、その、電話がね、今日(8日)今朝あって、「わたし、これから死ぬわよ」というふうな電話があったというような情報が流れてるんですけど。
(首を横に振り、「それはないよ」というような笑みを浮かべ)
それは、あのぉ、聞いてませんっ。(笑いをこらえているようだ)---岡田さんと最後に会ったのはいつなんですか?
えっと。“マリコ”の打ち上げの時じゃないかと思うんですけど。---そうすると、1月とかと今聞いたんですが。
それぐらいですか。---なにか悩み事で相談されたというようなことはないんですか?
悩み事というか、あの、歌のことで、僕は、そういうことで、あの、相談っていうんじゃないんですけど、「こういうバラード的な(こと)やりたい」とか。---それはあくまでも仕事の面ですね?
ま、あの、仕事の面というか、仕事の中の、要するに、たとえば休憩時間に話したとか。まぁ、僕は、まぁ、“お兄ちゃん”のつもりでいたんですけど、まぁ、彼女、も、“妹”のつもりでいた、プラスアルファ(+Α)があったのかもしれないと思います。---たとえば、その、死を考えていいますかね、ま、そのガス栓を、あるいは手首を切ろうとした時に、書いた、まぁ、何行かの中に峰岸さんのことが綴られている部分がね、つらさもあると思いますがね。
はい・・・だからそれは一つのやっぱり、その十八歳の女の子の、なんて言うですか、あの・・・まぁ、自分で言うのもおこがましいんですけど、まあ・・・・・・・“初恋”みたいなものなのかなというような、のかな、というような気もしないこともないです(けど)。---最後にね、彼女に会われたときはどんな話が出ました?
(空を見上げ)
うーーん。どんな話だったかなぁ(ちょっと笑って)・・ごく一般的な日常的なことだと思います。---それは打ち上げの時だったんですか? それともその後?
打ち上げの時だと思いました。(た?) あの、まあ、あの、ごく一般の、まあっ!(何かを打ち消すかのように)、「昨日、あんまり忙しくて寝てないんだけど」、やっぱり、あの娘あんまり食べないもんでね、食台なんかで、こう、昼休み飯食っても、んで、やっぱり、「野菜食わなけりゃいけない」とか、そういう話は、だから、「よく寝て、よく食えよ」っていうようなことは。(ちょっと目をつむって思い出し笑いをしているのか、悲しんでいるのか分からない顔をしている)
---峰岸さんにとってたいしたことない話でもね、どうなんでしょう?
(ちょっと笑いながら?)
だけ(ど)、会話自身はそういう他愛のない会話かもしれないですけど、僕が今、なんていいますか、そうゆうことを聞きまして・・・・・「たいしたことない」。内容はそうかもしれませんけど、一つ一つ、こう、彼女が、もし、やっぱり、そう、僕のことを、プラスアルファ的に考えてくれてたとしたら、そう、他愛無く、大事なことなんじゃないかと思います。(オホン!と咳をされて)電話は何回か話したことあります。---最近でもありますか?
最近はないです。---最後に申し訳ないですけど、いつ頃あったのか(?)
いつ頃かなあ、一月か、一月半ぐらいじゃないかなぁ。---2月? 打ち上げ?
打ち上げ終わって直後です。---どんな電話だったんですか?
いや、もう、他愛のない、普通の、電話のアレと(鼻を腕でかく)、それから、わりと、なんていうのかな、彼女がわりと、まあ、あの、世間で言う“愚痴”ですか。そういうようなことは。
---いろんな。
ええ、仕事のこととか。愚痴というか、「こういうの、やりたいんだけど」と。---峰岸さん自身で何か思い当たることってありませんか? その他に。
・・・・・---自殺を知った時に、まず、どういったことを思い浮かべました? 頭に。
僕は、あの、彼女との会話の中で、あのぉ、彼女、オーディションであれしましたよね。---スター誕生で?
はい。んで、そういう意味ですごく、こう、わりと、なんていうか、度胸のいいといいますかね。だから、そいで、思ったらパパパとやっちゃうタイプ。それで、だから、それで、その反面、ぐっとこう、わりと一人になって、セットの隅で椅子に座ってたり、そういうような、さっき、言いましたけど、わりと、感情の起伏が、すこし波のあるっていう感じは、したということはありますけどね。だから、そういう意味では、具体的にはアレですけど抽象的ですけどそんな感じは。うん。---彼女は普段、峰岸さんをどういうふうに呼んでましたですか?
いや、「峰岸さん」って呼んでました。---峰岸さんはなんて呼んでました?
「有希子ちゃん」っていったり、「ユッコ」って言ったりしてました。それはみんな、あの、スタッフの方もぜんぶ知ってると思います。---あの、五日の日ですか? 南青山に岡田さん、マンションに一人住まいされるようになったんですけど、引っ越すことに関しては何か峰岸さんに連絡ありました?
それは、別に。ただ、あの前の会話の中で、あの、サンミュージックですか。の社長のうちに彼女を送っていったことありますけどね、その時に、あの高校卒業したら、あの、「自分のマンションに住むんだ」ということは聞いたことはあります。---愛されることへの男の責任みたいなものを自分の中で今までずっともってらっしゃいました?
・・・・そうですね、あの、もし、あの、そういう、ことであるんであれば、あの、やはりそれは、あの、責任は、あると思います。---それを、どういうふうにしていけばよかったかと思いますか?
うん、それは結果論ですけど・・・まあ、あの、どういうふうにっていうか、だから、さっき申し上げた、「一つ」の、まぁ、でも、あの、あんまり、こう、なんていうですか・・・必要以上にね、あの、あれしちゃうと、やはり、僕も年齢違いますし、だから、彼女、逆に傷つけるということもありますし、そういうものは、僕も少しは感じていました。
---岡田さんはかなり峰岸さんに対する想いはあったと遺書に書かれているんですけど、峰岸さん自身は女性として見てませんでした? あくまでも“アニキ”ですか?
ハッキリ言ってそうです。ま、“アニキ”というか、やっぱり“可愛い妹”って言えば“アニキ”ですけれど・・。あのぉ、それにやっぱり仕事やってて楽しかったし、だから、その、女性というより、やっぱり・・・・・・・・・・まぁ、“アニキ”。(別サイドから見た記者会見も参照してみて下さい)
私はそのVTRを見てると、けっこう笑顔がこぼれてたりして、談笑してるみたいに見えたんですよ。でもその中でね、真実味があるなと思ったのは、2箇所の部分かな。
「---ただね、あの、「峰岸さんにふられました」と。「峰岸さんとの愛の生活に疲れました」というようなことを面々と書かれている、と。筆名(?)入りでですね。」という部分と、
「彼女から、その、電話がね、今日(8日)今朝あって、「わたし、これから死ぬわよ」というふうな電話があったというような情報が流れてるんですけど。」
の部分だと思うんだよね、その時の表情を見たらよく分かるので見てもらいたいのですが、「えっ、そんな」とか「それはないよ」というような表情をしてるんです。
質問1
質問2
そこは、真実かもと思ったんですよね。あとはだいたいまじめな顔で話していましたけどね。あと、気になる点は、彼女が峰岸に歌のことで相談じゃなく、、「こういうバラード的な(こと)やりたい」と言ったことである。それは、もし、"くちびるネットワーク”の曲だったら、すごい間接的な告白なわけで、発売前に配って見せたかもしれないよね。
何の曲の話だったのか、インタビュアーは突っ込んで聞かなかったから面白くないけど、“歌"って言ったけど、“詩”ってこともありえるかも。それが、
“抱いてほしい”
心の奥じゃ本当の私がそうささやい
てるのに・・・
会いたいの”
それさえも口にだせない
ダメな私
どうして 自分の気持ちに
素直になれないのか
自分でもわからない
そんなの見せられて、「こんなのやりたいんですけど」なんて言われた日にゃあ・・・な。
もし、付き合ってたとするならば、付き合い始めたのはこの時期あたりかなぁ・・
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『禁じられたマリコ』第10話 「死の実験室」 1986年1月14日
テレビはよくそういうことやるんですよ。配慮を加えちゃったりネ。
あと、気になる点といえば、「一つの」という言葉と(2回言ってる)、「スタア誕生」の話かなぁ。
聞くところによると、未確認情報ですが、三月二十一日に峰岸徹と密会をしてたらしい。深夜「スタア」の試写会にいたと言われているんだが、そこで峰岸徹が「スタア誕生」の話をするというのが引っ掛かるよね、峰岸徹にとっては3/21が「スタア」の試写会。岡田有希子にとってはその日がアルバム『ヴィーナス誕生』の発売日と重なる。
しかも、その前日、三月二十日に堀越学園から特別に卒業証書を渡されている。
さらに、三月二十二日、フジテレビ?『第6回紅白そっくり大賞』(たぶん死後86/4月放送)に出演している。その時、様子が変なんですよ。
なんか泣いているような、こう、手を耳にあて下を向いてる場面もあるし、コメントも泣きたいのをこらえてるようなかんじの場面もある。表面上ではにこやかですが。それらはのちに解説しますけど、歌のときでもいつもとは違う。手を耳に当て直立で歌っているという奇妙な感じがする。
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フジテレビ『第6回紅白そっくり大賞』 1986/3/22収録 4月放送
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となると、考えられるとしたら、86年3月20日に特別に卒業証書を渡され、その祝いか何かで峰岸徹と次の日に密会をする。しかし、その翌日、22日の表情を見てみるとやや暗い。そうなると、21日に本当に密会をしてたのなら、そこで何か異変が起きているはずだ。
4月7日の夜からの彼女の行動も、成城の峰岸徹の自宅へ行っていたという話もあるし、21日に密会をしてたら辻褄が合うよね。
ま、しかし、峰岸徹のインタビューを聞いていると、岡田有希子が「頭がおかしいんじゃないか」とは言えないので、「感情の起伏に波があった」という表現をしているんじゃないかとも思うしね。岡田有希子は峰岸徹には比較的男っぽく接してたかもしれないね。峰岸徹も「わりとアニキっぽいな」と感じたかもしれないし、緊張して話せないような間柄ではなかったかもしれないよね。
でもさ、峰岸徹も本当に自分に責任があるのなら結婚はできないと思うし、それでも結婚するんだったら彼には心当たりが無いか、ものすごく残酷な男かのどちらかなのだろう。
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